1985年鹿児島市出身16歳よりコントラバスを始め、平成音楽大学に入学。深澤功氏の元で研鑽を積み、2008年卒業。同年、京都市立芸術大学大学院に入学し吉田秀氏の元で研鑽を積む。在学中より日本全国のプロオーケストラを中心に演奏活動を始める。
霧島国際音楽祭、武生国際音楽祭等の国内の音楽祭に招待アーティストとして数々の公演に参加。
海外での活動も多く、日本青少年モーツアルト管弦楽団のヨーロッパ公演においてウィーン他3都市で公演。07,09,10年にはアジアユースオーケストラ楽団員として中国・台湾・韓国・香港での30公演以上に参加。14年にはバンコクでリサイタル、マスタークラスを行う。15年11月にはサンクトペテルブルク州立交響楽団と日本人コントラバス奏者として初めて、ロシアで協奏曲を共演。ソリストとしての活動も活発で、定期的なリサイタルの他、京都、鹿児島、宮城でオーケストラと協奏曲を共演。
また、クラシック以外の分野においてもピーボブライソン、ASKA、石井竜也、平原綾香、クリスタルケイ、さだまさし他、数多くの有名アーティストと共演し、「L`arc~en~Ciel」「ゆず」のドームツアーにも参加。自身の「森田良平ストリングス」では中西圭三氏と共に福岡、大阪、大分、下関、愛知,等でも公演を行い、クラシックとポップスの融合で新たな音楽ファンを作り出している。
2013年に故郷・鹿児島の各地方に本物の音楽を届けるプロジェクト「スマイルミュージックプロジェクトかごしま」を設立し、出水市から与論島まで年々公演数を増やしている。
コンサートプロデュースの分野においても。2012年に鹿児島市で「R-music office」を設立しポップスや落語、島唄や朗読などとのコラボレーションによる新しい形のコンサートを数多く仕掛け、音楽シーンに一石を投じた。2015年の国民文化祭かごしま2015ではオーケストラと落語の公演をプロデュース。15年の自身のリサイタルでは歌手の沢田知可子氏がゲスト出演、コントラバスオブリガード付き「会いたい」を演奏した。
鹿児島を題材にした作品を久保禎、石田匡志 等、鹿児島の作曲家に積極的に委嘱し、14年にはデビューアルバム「satsuma bassism」を全国発売。15年には中西圭三氏初のクラシック曲・コントラバス作品「散華」を献呈される。
その多岐に渡る活動はメディアの注目を集め、2012年には「月刊ストリング」誌で特集が組まれ、14年にはMBCテレビ「てゲてゲ」においてその活動が特集される。
大学院修了の2013年より鹿児島国際大学音楽科コントラバス非常勤講師就任と共に拠点を九州へと移す。
南日本音楽コンクール、日本クラシック音楽コンクールの各審査員を歴任。